米国の地方紙としてはニューヨーク・タイムズに次ぐ規模である
Los Angeles Times の新聞評論記事を翻訳してご紹介します
== Paul McCartney blames John Lennon for Beatles split: ‘We all knew it was the end’ ==
ポール・マッカートニー、ビートルズ解散をジョン・レノンが原因と
「みんな終わりだとわかっていたんだ」

ビートルズのポール・マッカートニー(左)、リンゴ・スター、ジョン・レノン、ジョージ・ハリスン
(アップル社/ABC) 2021年10月10 日16時52分 PT
ビートルズの伝説的存在であるポール・マッカートニーが
ロックバンドの「長く曲がりくねった道」の終わりについて口を開いています
BBC Radio 4の番組 “This Cultural Life”で、ベテランのシンガーソングライターは
これまでマッカートニーに責任があるとされてきたグループの解散について振り返りました
しかし、日曜日にGuardianが発表したエピソードのプレビューによると
マッカートニーは「私の人生の中で最も困難な時期」と呼ばれる時期を少し違った形で記憶しています
「分裂を扇動したのは私ではない」と、イギリスのミュージシャンはBBCに語りました
「あれは(ジョン・レノンが)ある日やってきて、”僕はグループを抜けるよ” と言ったんだ」
== McCartney Recalls Beatles Split ==
「マッカートニー、ビートルズ解散を振り返る」
10年の歳月と14枚のスタジオ・アルバム
数え切れないほどのソールドアウト・ライヴ
そして今では定番となった数多くのヒット曲の後
1970年4月にマッカートニー、レノン、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スターは
マッカートニーがグループから公に離脱すると、それぞれの道を歩み始めました
と、現在79歳のマッカートニーは当時を振り返ります
「人々が見ているものだから、私はそれに耐えなければならなかった
私にできることは、ノーと言うことだけだった」
しかし、最近ビートルズからの脱退について尋ねられたマッカートニーは
BBC Radio 4のジョン・ウィルソンに「これぐらいにしておこう」と言いながら
「ジョンがある日部屋に入ってきて
”俺はビートルズを辞める”と言ったんだ 」と語りました
それが分裂を引き出したのか、そうでないのか?

レノンの内部宣言の後、残されたメンバーは
「ピースを拾い集める」(事態を収拾する)ことになり
新しいマネージャー、アレン・クラインから、未解決の問題を解決する間
差し迫った解散を秘密にしておくようアドバイスを受けたと、マッカートニーは主張しています
ガーディアン紙によると、マッカートニーはウィルソンに
「数ヶ月間、私たちはふりをしなければならなかった」と語りました
「ビートルズの終わりであることはみんな分かっていたのに
そのまま立ち去ることができなかったから不思議だった 」とも
結局のところ、マッカートニーはソロになることで
「うっかり秘密を漏らした」最初の人物であり
「隠すのにうんざりしていたから」
それゆえに責任の大部分を負ったのです
マッカートニーは、「いつも社会から抜け出したいと思っていた」レノンが
ロックスター時代を終えて、妻の日本人アーティスト
オノ・ヨーコと落ち着く準備ができたと推測しています

「その頃、私たちは小さなミーティングをしていて、それはひどいものだった」とマッカートニーは続けました
「それは私たちが何者であるのかの点で正反対でした
私たちはミュージシャンであって、出会い系ではないのです」
マッカートニーはレノンとオノは「素晴らしいカップルだった」と主張し
レノンとオノの仲違いについて責めるつもりはないが
亡き作曲パートナーが残留を決めていれば
バンドはもうしばらく一緒に音楽を作り続けることができたはずだと考えています
“This was my band, this was my job, this was my life, so I wanted it to continue,” he said.
「これは私のバンドであり、私の仕事であり、私の人生であった
だから、これを続けることを望んでいた」
マッカートニーの「This Cultural Life」への出演は
昨年10月23日にBBC Radio 4で初放送されました
(記事文章終わり)
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翻訳 Temperamental Instrument The Flute
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翻訳はリーダーズ英和辞典(研究社)及び リーダーズ・プラス(研究社)を基本としています
